「ひかりの屈折」
暦の上では今は春らしい。
けれど、それはあくまで暦の上の話であり、夜になればまだまだ寒い。
それが深夜ともなれば尚更、である。
学生が歩くにはずいぶんと遅い時間だけれども、もう自分は高校生だし、隣を歩く人物も中学生には見えないし。
考えながら翼は何気なく足を速めた。
歩幅が違うことを悟られたくないのは変わらない。
「で、高校のほうはどう?」
「ま、ボチボチってところかな」
シゲが訊いて、翼が答える。
「大まかなところは中学と変わらないしね。なんとかやってるよ」
なにせ入学式からまだ2週間も経っていないのだ。新しい制服にもようやく馴染んできたばかり、というのが本音かもしれない。
「サッカー部どう?」
「センパイがたが毎日練習してるよ。まぁ強いって言われてるところだから熱心だね。・・・ていうか、まだ仮入部も始まってないっていうのにそういうこと訊くかな」
口数が多くなってきたのにこっちを見なくなるのは、今はそういうことを話してたくないっていうことだ。
半年になった付き合いのなかでシゲが見つけた翼の癖。本人は気づいていない。
こっそり笑んで、話題を変える。
「まだ桜咲いとるんかな」
「桜?」
シゲの先を歩いていた翼が振り返ると、夕方から強くなってきた風に乗って、桜の花びらが数枚、目の前を横切った。
「ああ、開花時期なんて種類によるだろ。今頃咲いてるのもあるんじゃないの」
そっけなく言いながらも、目は花びらを追ってしまう。
夜風に乗って舞う花びらはどこか日本的で美しい。
「もうちょい早い時期やったら花見できたなぁ」
「オマエがそんなに桜好きだなんて知らなかったよ」
ほんの少し、棘を含ませてみるけれど、
「別に?姫さんと2人っきりで見れたらきれいやろなって話や」
ぽんとかわして至近距離でニコーっと笑ってくる。
「それはドウモアリガトウ。来年さそってよ」
手のひらでぺしっ、とおでこをたたいてやりながら、翼も笑い返す。相手の作り笑顔をまねて、ニコーっと。
「もう来年の約束とりつけるなんて、姫さんせっかちやなぁ」
「気が変わらないことを祈ってて」
「うわ、ひどいわ」
何気ない言い合い。こんなことはしょっちゅうだ。
シゲは数歩前に出て、つむじ風に巻き込まれている花びらを覗き込んだ。
「来年のことなんかわかんないだろ」
しかし何気ないはずの一言がふいに重く響いて、シゲは思わず振り返った。
けれど、当の翼はその瞬間、上機嫌の笑顔を見せた。
嵌められた。
「だーまさーれたー」
けらけらと笑って、翼は苦い表情をしているシゲを追い越した。
そしてこんなしょっちゅうなことが、その日常が自分たちにとってはたまらなく大事なものであると、どうしようもなくそう思った。
「なあ、」
またふいに翼が言う。
「何で星がキラキラするか知ってる?」
「?なんで」
なんで光るのか、と、なんでそんなこと訊くのか、が半々の『なんで』に、翼は大きい目を真っすぐ向けてきた。
「思ったんだけどさ。一般的に言う『星』っていうものは、『星に反射した太陽の光』もしくは『星から発せられた光』のことじゃないか?」
「・・・はぁ。」
何が言いたいのか、まだ解らない。しかしここでツッこんだらお説教が加わって、更に本題から遠ざかってしまうだろう。
シゲはおとなしく続きを促す。
「その光が瞬いて見えるのは、光が直線でここに届く前に、大気中の塵に拡散されるからなんだってさ。で、言ってみれば『光』は『光』であって、厳密に言えば『星』では無いわけだ。要するに、『星そのもの』が見たいと思ったら『光』は邪魔になる訳だろ」
「・・・はぁ。」
「大気中の塵が星を隠すんだよ」
知ってた?
と、翼は続けた。
昔はもっとたくさんの星が見えたのだ、と、たしか和尚が言っていたことがあった。
たぶんその『大気中の塵』が今よりは少なかったからなのであろう。
そして塵の量が問題に挙げられているというのであれば、対象物との距離がゼロに近ければ近いほど、塵の量は減る。イコール、邪魔なものは少しは減る、ということかもしれない。
そう言いたいのかもしれない。
「距離は本質を歪めて届けるかもしれないけど、本当は変わってない」
ほらやっぱり、
と、シゲは思って、笑った。
夜の街は余計な音がなくて、お互いの声だけが、お互いに届く範囲だけで響いている。
それは自分たちの周りだけの空気が振動してるみたいで、不思議に心地よかった。
突風が吹き付けて、舞っていた花びらも2人のあいだをすり抜けて、高く舞い上がる。
「・・・キレイだね」
桜の白と星の白が空の黒に散って、それを追うように翼が空を仰いだ。
「姫さん、桜、付いとる」
笑いながら、シゲは指を伸ばした。
翼の赤みの強い髪に絡んでいた、白い花びらを摘む。
「あー・・・まだ付いてる?」
それを見て、翼はパパッと自分の髪をはたいた。
「似合うてるけど」
ハラハラと落ちる花びらは、また風に乗ってどこかへ運ばれていった。
「そりゃどうも」
全体的には嫌そうに、ほんのすこし照れくさそうに言う。
「あ、」
唇の端にはりついたそれは幽かに届く電灯の光に照らされて、わずかに暗闇に浮かび上がる。
「なに、」
電灯の下で重なった影がまた離れて、翼は触れた部分をかるく押さえた。
突然のときの、それも翼の癖。
シゲは啄ばむようにして取った花びらを、自分の唇からはがした。
「星との距離をゼロにしようかと思て」
そう言ったら、翼の指が自分の手に触れた。
「なに鳩が豆鉄砲食らったような顔してんの」
目線は外しながら、翼が言う。
「もう一回ええ?」
「調子に乗るな」
「冷た〜」
握った手をもう一度しっかり握りなおして、
離れないように歩こう、と、シゲは思った。
終。20020419UP.
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翼お誕生日SS。一応そうなんです(泣)。
どうしても時期を考えちゃって、翼さんが高校生ってことになっちゃいました…
文中の『光と大気中の塵』云々はワタシの記憶のみで書いてしまったんですが…おそらく間違ってます…スミマセン…調べろよ!!自分!!
はう…約2ヶ月ぶりのSSでした。読んでくださってありがとうございます〜(泣)。